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  • 執筆者の写真たかまつなおき

ティーチャー・ソングライター

昨年3月まで合計24年間、小学校の教員をしていた。


その間に始めた音楽活動。


ぼくは自分に「ティーチャー・ソングライター」という肩書を付けた。


教師であり、歌を作る人という意味。


よく、「シンガー・ソング・ティーチャー」と言われるのだが。


それだと、「歌手で歌の先生」という意味になるのか?。


ぼくは、自分のことを「シンガー=歌手」と呼べるほど、まだ歌唱力がないと思ってる。 でも、歌を作る人「ソングライター」であることは間違いないので。


この「ティーチャー・ソングライター」という言葉が気に入って使っていた。


だけど昨年3月に、教壇を降りたぼくは、「ティーチャー」ではなくなった。


でも、現役の教師でないとティーチャーと名乗れないわけでもなく。


そもそも、ティーチャーソングライターはぼくの造語。


別に誰かに迷惑をかけているわけでもないので。


そのまま「ティーチャー・ソングライター」は変えずにいこうと思った。


だけど、やっぱり何となく、居心地が良くなく、使いづらさを感じていた。


それが本日、2023年2月24日。


名実ともに再び「ティーチャーソングライター」となることができた。


学校現場に復職したのではない。



自分でも思いもしていなかった展開。


時は、昨年の8月まで遡る。


ある日、ぼくのWeb Siteの問い合わせフォームを経由して、一通のメールが届いた。


差出人はカルチャーセンター。


フォークソングの講座を開講する予定で、その講師役の依頼だった。


それまで、自分はカルチャーセンターというところを知らなかった。


音楽を自作自演してきたが、「音楽を人に教える」など考えたことがなかった。


でも、丁寧な内容だったので、ひとまず話を伺ってみることに。


内容は、「懐かしいフォークソングを楽しく歌って元気になろう」という企画。


趣旨は理解できたが、ぼくは最も疑問に思ったことを率直に尋ねた。


「なんで、ぼくですか。どうやってぼくのことを知ったのですか」と。


すると、「ホームページ(Website)を見ました」とのこと。


驚いたぼくは、思わず自分で言ってしまった。


「あんなサイト、観てる人いるんですね(爆)」


厳密には、ヨコスカ街ナカミュージックという横須賀市のサイト。


もう何年も前に登録をしておいたところだ。


そこから講師候補を探していた担当者がぼくを見つけ、公式サイトを閲覧。 そして、講師のオファーという流れになったという。


まず、ここで思ったのは。


情報を発信しておくことの重要さ、それがどんなに小さなものでも。


いつ、なんどき、何が起こるか分からない。


細々とでも、こまめに更新しておいて本当に良かったと思った。


(横須賀市のサイトの方は、随分前の写真だ(笑)。でも、更新の仕方忘れたかも?)


自分のサイトでは、特にフォークソングについて触れていたわけではないが。


ぼくのオリジナル曲に「ルーツがフォーク」というのを見てくれたようだ。


実際、ぼくは長渕からギターに入って、そこから後追いでフォークソングを聴いた。


中学生当時は、バンドブーム全盛期で、ギター=エレキだった。


だが自分の耳に響いたのは、フォークギターの音だった。


時代遅れのフォーク小僧は、我が道を行き、なんと大学の卒論では。


「若者文化の変容に関する研究~フォークソングからニューミュージックへ」


という、およそ教育学とは関係なさそうなテーマで執筆した。


昨年10月には、その卒論の参考文献の人だった、中川五郎さんとツーマンライブ。


自分が音楽を人に教えるということには、まったく自信はなかったが。


これは、何かの力が自分に働いていると思った。


これを機に、新しいことに挑戦してみることに意味があると思った。


そして、迎えた今日。


事前にリクエスト曲を募り、それをもとにレッスンの内容を考えた。


それと共に、今後のレッスンの流れ、本講座の特徴。


頂いたテーマは「フォークソングをギター伴奏に合わせて歌う」


それ以外はぼくの自由にしていいという。


丸投げとも言えるが、あれこれ指図されるよりずっと良い。


それなりに時間を割いて準備をして体験レッスンに挑んだ。


そして、実にありがたいことに、開講のための条件が成立。


本当に嬉しかった。


ぼくは25年前に教員採用試験を受けて、見事合格。


自分で言うかって話だが、今と違って倍率の高かった時代に現役で一発合格。


これはこれで、すごく幸せなことだと思うが、逆に。


ぼくは、「学校」という場所しか知らない人間となった。


いわゆる一般企業の「就職活動」もしていないので。


自分という人間が人から試されたり、値踏みされたりということが殆どなかった。


採用試験を通ったと言っても、それは面接官のお眼鏡に叶っただけ。


学校では常に教室とお客さん(児童)を当たり前のように用意された。


そして、よっぽどのことがないと、クーリングオフもない。


1年間は、固定客が必ずいて、それが毎年続く。


言い方は悪いが、そういう世界だ。


一応の人事評価はあるものの、それこそ警察沙汰にでもならない限り解雇はない。


あ、ちなみに、ぼくが退職したのはあくまで自己都合。


何かしでかしたとか、喧嘩したとか、疎外されたとか、ネガティブなことは一切ない。


しかし今回の講座は違う。


無料体験レッスンは、ぼくにとって、言わば就職試験のようなもの。


別に自分から講師になりたいと言ったわけではないのだけど。


やると決めたからには、絶対に開講に至らせたい。


ありがたいことに、体験レッスン申し込み希望者は定員を上回った。


それは、カルチャーセンターのバックアップもあってのこと。


だけど、そこからは全部自分の実力が試される。


なんせ、申し込みをするということは、生徒さんにとっては受講料が発生するからだ。


無料体験が楽しいのは当たり前。


その上で、この先お金を払ってでも通いたいと思って頂けるか。


それだけのものを自分が用意できるか、そもそも、その力があるのか。


この緊張感は、ぼくのこれまでの人生にはなかったものだった。


だから、開講が決まった時は本当に嬉しかったし、安堵した。


そして、また新たに責任も生まれた。


フォークソングというカテゴリーの特性上、受講者はみなさん先輩方。


今日のレッスンを「楽しかった」と言って、受講生となってくださった方々の。


ご期待に答え続けていかないといけない。


今日、やっとスタートラインに立ったばかり。


しっかりと初回レッスンの準備もしなくては。


長くなったけど、今日はティーチャーソングライター記念日。


最後にもう一つ、大事なことを。


趣味で始めたこと、好きで夢中になったことが。


「仕事」になった。


金額の大小じゃない。


0だったものが、1になった。


1さえあれば、それを10にでも1000にでもできる可能性がある。


もちろん、また消えてしまうこともあるだろうけど。


それはこれからの自分次第。


そんなわけで、また胸を張って「ティーチャー・ソングライター」を名乗ります。

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